短いお話とかを書きます

毎週土曜日の深夜に

「幸せって何だと思う?」

 

 

 

 

当然のことながら幸せなんてものは全ての人に共通するものではないだろう。苦境に立たされることを不幸だととらえる人もいれば、成長の機会だと肯定的に捉え、そんな状況に立てている自分は幸せだと感じる人もいるかもしれない。

 

デジタル大辞泉では「幸せ」は以下のようにあらわされている

 運がよいこと。また、そのさま。幸福。幸運。「思わぬ幸せが舞い込む」
 その人にとって望ましいこと。不満がないこと。また、そのさま。幸福。幸い。「幸せな家庭」「末永くお幸せにお暮らしください」
 めぐり合わせ。運命。「―が悪い」
「道がわかんねえで困ってると、―よく水車番に会ったから」〈有島生れ出づる悩み
 運がよくなること。うまい具合にいくこと。
「―したとの便りもなく」〈浄・博多小女郎
 物事のやり方。また、事の次第。
「その科(とが)のがれず、終(つひ)には捕へられて此の―」〈浮・一代男・四〉

 

 

なるほど、書かれてみれば誰しもが納得するような意味が羅列しているように思う。

 

 

ここで面白いのは補説として一般人が「幸せ」とは何かを自分なりに表したものがいくつか挙げられていることだ。その一部が次のものだ。

 

◆「なるもの」ではなく「気づくもの」。

◆生まれてきて良かったと思うこと。

◆「ずっとこのままでいたい」と思える瞬間。

 

 

この三つをじっと見つめると何が読み取れるかというと、「現状を肯定的に捉えられる状態」こそが「幸せ」だということなのではないだろうか。

 

今欠如している「何か」を渇望する必要がない。なぜ生きるのか、生きていればこんないいことがあるはずだ、なんてことがぼんやりとでも頭の中に浮かぶ。別に変わらなくても満足できる。そういう状態が幸せなのだろう。そして、自分がそういう状態にいることに気が付くことができる余裕があることも幸せを感じ取るためには必要なのかもしれない。

 

 

さあ話を進めよう。

 

残念ながら今の僕は幸せに気が付くことができるほどの余裕を持てていない気がする。世界から目を背け続けるのにも限界がある。

 

先送りにしてきたリアルでの生活に向き合えばそこにあるのは近付いてきた大学卒業、社会人になって働き始めるであろう未来。いまだに碌な交際経験も、他者から受け入れられた経験もないことや、そもそも自分の方からなかなか人を好きになれないこともどうにかしたい。

 

そういうことに向き合うと、どうしても自分が人より劣った存在なのではないかという感情に襲われる。

 

 

 

思い返すと大学に入るまでは劣等感とは無縁な人生だったように思われる。小学生の頃は運動が苦手だった。とはいえ、習い事でテニスをやったり、放課後には友達と日が暮れるまで野球やドッチボールやサッカー、鬼ごっこ、缶蹴りなどなど、いろいろな運動をしてきた。苦手なりに楽しくやっていた結果、気が付けば運動に対する苦手意識も薄れていった。

 

中高では野球に打ち込んだ。苦手意識は無くなっていたけれど、やっぱり運動神経がいい人たちに混ざると能力差は歴然としていた。足も遅かったし、守備も下手だった。まだマシだった打撃で頑張ってなんとかクリーンナップの座を獲得して、やっとのことでメンバー入りを果たしていただけだ。体育のスポーツテストでは50m走以外の種目でポイントを稼いでいたからなんとか学年でトップ10くらいの順位を取れたりしていた。とはいえ、そもそも運動があまりできないのは変わっていない。水泳はからっきしダメ。クロールで25m泳ぐので精一杯だし、平泳ぎすらできないような惨状だ。球技ならできるのかといえば、サッカーはまったく思った方にボールを蹴れないし、バスケをやってもゴールは僕の投げたボールを見事に跳ねのける。

 

それなりに誤魔化してきたスポーツですら、結局はできていないところに目をつぶって、なんとか人並みにできることに縋って自尊心を満たしてやっていたのだ。

 

じゃあ勉強はどうか。

 

小さいときは周りよりは勉強ができたのかもしれない。そこに驕りがあった。そこに弱さがあった。僕の幼馴染は僕とは対照的に、コツコツ勉強を積み重ねていた。幼いながらも、その差には一種の恐怖や劣等感、そして彼に対する敬意を抱いていたのを今でも鮮明に覚えている。彼は現役で東大に入ったが、小さいころからコツコツ努力を積み重ねていたのだからあまりに当然、さすがだよとしか言いようがない。

 

僕は驕りから抜け出せないまま、中高はそれなりに名の通った進学校に進んだ。そこに居たのはやはり堅実に努力を積み重ねる男たち、そして自分よりはるかに才能もありそうな男たちだった。数学も英語も国語も、まるで太刀打ちできなかった。中途半端に努力して負けると、本当に心を折られてしまう気がしたから、努力することを避けるようになった。何も努力しなければいくら試験で負けたところで悔しさを覚えるわけもないからだ。とはいえ、全教科投げ出していたらさすがにまずいから、暗記すればなんとかなりそうな科目だけ頑張って、その科目だけある程度の順位を取って気分を誤魔化していた。自分も捨てたもんじゃないと言い聞かせていた。周りの人たちは遥か先へと進んでいたのに。

 

そうやって誤魔化すことに全力を注いで生きてきてしまった。

 

 

 

 

人としての幅を全く広げることなく生きてきてしまったことに気が付いたのが、大学に入ってからだった。

 

周りを見れば誰しもに恋人がいる。誰かを好きになったり、誰かから好かれたり、そういう人に今度は嫌われてしまったり。周りの人たちが、そういう人間関係のシーソーゲームを経て、いろいろな経験をしていたにもかかわらず、僕はやはり臆病だった。誰かに一歩踏み込んだ結果として、その人に拒絶されて、関係自体を失うことを恐れていた。いや、今も恐れている。

 

大学に入ってすぐの頃に、小学校の同級生と再会した。心のどこかで彼女に惹かれていたのかもしれないが、やはりせっかく取り戻した関係を失うことを恐れて何かアクションを起こすなんてことはできなかった。

 

とにかく、リアルの生活を僕はなあなあにしてきていたのだ。

 

リアルの生活を誤魔化している代わりに、趣味などに力を注ぐことができたわけでもなかった。現実社会の生活で身についていた逃避癖は、非現実的空間にも侵入していたのだ。

 

 

 

 

何も好きになれなければ、何にも好かれず、好きになれる努力も好かれる努力もせず、何もせずに生きてきた僕にも奇跡的に気が合う人がいた。相手に踏み込むという行動を取らなくても、すーっと相手が僕の心の中に染み込んでくるように感じたし、同様に何も努力しなくても僕の姿が相手の中にフィットするような錯覚さえ覚えた。

 

彼女とは週に一度会って数時間話すだけの関係だった。

 

あの時の僕は間違いなく幸せだった。運も良ければ、不満もなかった。僕のことをわかってくれる人になんて会えないと思っていたけれど、彼女と話しているときは「生まれてきてよかった」「ずっとこのままでいたい」と自然と感じていた。まさに辞典が語る通りの幸福を身をもって体験して、その経験がまた自分の中の「幸せ」の再定義を促した。

 

僕と彼女は数駅離れたところに住んでいた。平日はお互いの生活があるからなかなか会うことはできなかったし、日曜は翌日に備えて早く寝なければならなかったから、僕らが会うのは決まって土曜日だった。

 

始めは昼間に会っていたけれど、僕らはお互いに静かな空間を好んだので、気が付けば会うのは真夜中になっていた。夜中に家から出れば怪しまれるので、お互いの家族が寝静まってからこっそりと家を抜け出して、彼女の家の近くまで僕が自転車で走っていって、彼女の家の近くの公園で話し込むのが毎週の決まりになった。

 

お互いの日々や、人間関係について話すこともあれば、好きな本や映画について話すこともあったし、行ってみたいところや行ってよかったところを共有することもあれば、将来などについて語り合うこともあった。はじめて聞く話のはずなのにどれもがまるで自分の話かのように身体に馴染んで、人生でこれほど他者に自分のことを受け入れてもらえたように感じた経験は彼女との関係をもってほかに存在しようがなかった。

 

毎週末の彼女との予定が色を与えたのは彼女と会っている時間だけではなかった。僕らはお互いにそれほどLINEでメッセージを送り続けようとする性格でもなかったことがその一因だろう。前回彼女と会って以降の日々の中での出来事を彼女に語るのは、次に彼女と会うときだった。もちろん、まったくLINEを送り合わないわけではなかったから、会うまで何もその週の出来事について話さなかったわけではないのだけど。

 

始めは、彼女と会って話すことが一番の目的で、会っている時間が最も鮮やかな時間であった。しかし、会っていない時間の中でも、「彼女に何か伝えられるようなことはないか?」ということがいつも頭の中にあったおかげで、ごく普通の日常に対する注意力が上がり、結果として日常の中にいろいろなものを発見できるようになった気がする。話のネタ探しだけで日常が鮮やかになったわけではなく、当然、「今彼女は何してるんだろうか」ってことも気になったし、もし今彼女が横に居たらどうなるだろうかだとか、デパートの中を歩いていても「この服なんか似合いそうだな」という風に常に彼女のことが頭の片隅にあった。

 

 

 

 

彼女にとっての「好き」の基準は何だったのだろう

 

今これを読んでいる君が、誰かを好きだと思う基準はなんだろうか

 

僕なりの基準はこうだろうか

1. 一緒にいないときに相手のことを考えることが多いこと

2. 相手の楽しい記憶の中に自分の姿があってほしいと望むこと

 

 

 

 

 

 

「ずっとこのままでいたい」と願った時間の終わりは唐突にやってきた。辞書ってやつは冷徹だ。最初の引用の第三項には「めぐり合わせ。運命。」という説明が与えられている。少々古い用い方なのかもしれないが、「幸せが悪く彼女との関係は断たれた」とでも使うのだろうか。二度とこんな使い方はしたくないね。

 

 

 

 

僕にとっての「幸せ」とは何か。

もちろん説明の仕方はいくつも考えられるが、今の僕ならまずこう言おうか。

 

 

日常の出来事を伝えたいと思える人がいて、その人に実際に伝えることができ、その関係のおかげで日常に対するアンテナが張り巡らされること、とでも