短いお話とかを書きます

海の見える喫茶店(第二話)

第一話はこちら

cleveland0714.hatenablog.jp

 

 

 

 

 

 

「我らが鎌高から歩いて4分の所で喫茶店を始めました!それほど広いお店ではありませんが、ゆったりとくつろげるお店です!海の見えるお店でお待ちしております」

 

そんなお知らせをFacebookで見かけたのは金曜日の夜のことだった。

 今週の仕事も今日で終わり。さっさと仕事を片付けて帰りたかったのに同期の男から仕事を任されてしまって残業だ。くっそあいつ「彼女とディナーだから仕事頼む!」とかいいやがって。お返しに開きっぱなしだったズボンのチャックについて何も言わないでやった。存分に社会にご挨拶しておくんだな。

 

 

ということで残業を終えて満員電車に乗り込む。世の中には社畜が多いもんだ。みんなそんなに必死な顔して電車に乗ってまで会社に行ってどれだけ意味のある仕事をしているんだろうね。私は現代社会は不必要なサービスを充実させすぎじゃないかと思っている。なんなら江戸時代とかにタイムスリップしたい。いや、いっそ古代ローマなんかもいいかもしれない。テルマエ・ロマエみたいな世界。阿部寛にも会えるかも。

 

そんな妄想を膨らませながら電車に揺られる。家の最寄り駅までは電車で20分ほど。下り電車なので数駅もすれば一気に空いてくるのが救いだ。満員電車の窮屈さから解放されて初めて仕事が終わったことを実感できるものだ。もはや仕事からの解放感を味わうために我々労働者は満員電車に揺られているのかもしれない。兄弟で宇宙を目指していた有名漫画に出てくる技術者がロケットの帰還式の日に普段つけないネクタイを付けてたら子供たちに「なんでネクタイなんてしてるの?」と聞かれて「ネクタイを締める理由なんてのは1コしかねえ、仕事が無事に終わった後に"緩める"ためだ」って言ってるもんな。最寄り駅のホームに帰還し満員電車から降りてくる我々労働者。一息ついてどこか開放感をにじませている表情は地球に帰還しロケットから降りてくる宇宙飛行士にも見える。こうしてみると満員電車に乗り込む場面もロケットの大気圏突入に見えなくもない。

 

 

無事に大気圏突入をクリアし帰還した私は改札を抜け、常連になっている小さなバーに足を運んだ。席についてマスターと言葉を交わす。私はこの時間を結構気に入っている。少し話したいと思ったらちょうどいいタイミングで話しかけてくれるのだ。仕事をしている中で身についたスキルなのだろうか、もとからそういう能力に長けていたのか、それは謎であるがその力のおかげでこのバーでは結構リラックスできる。

 

 

一息ついてスマホを開く。SNSの類はあまりやらない。高校の同級生とはFacebookでつながっているのでそれだけたまに覗く程度だ。しゅっしゅっとスクロールをすると一軒の投稿が目に飛び込んできた。

 

 

綺麗な海の写真、晴れた空の写真、、、、そしてこれはこじんまりとしたお店の店内の写真だろうか。

 

 

そして

「我らが鎌高から歩いて4分の所で喫茶店を始めました!それほど広いお店ではありませんが、ゆったりとくつろげるお店です!海の見えるお店でお待ちしております」

 という言葉が添えられていた。

 

投稿者は烏丸 海 

 

 

同じ中学から同じ高校に進学し、高1高2の間はクラスも同じだったという風に何かと円があった男だ。名前の通り海が似合う男で焼けた肌にはサングラスとサーフボードがぴったりだった。高校卒業後は都内の大学に進学していたはずだ。普通に仕事をしているものだとばかり思っていた、いや、それは嘘だ。そもそも烏丸のことを考えることなんてほとんどなかったと言った方が正しい。

 

 

まあそんなことは置いておくとしてもなぜ今、それもなぜ母校である鎌高のすぐそばで喫茶店なんて始めたんだろうか。

 

 

 

 

ふと時計を見るとかなり時間が経っていた。マスターは相変わらず空気を読める男のようで、私が烏丸について考えている間何も話しかけてこなかった。突然だけど今日はもう帰ることにしよう。マスターとももう少し話したかった気はするけれど。

 

 

久しぶりに気持ちが高ぶってきた。この感情はなんなんだろう。烏丸に対する懐かしさでもなければ、酔いが回ってきたということでもなさそうだ。ささっとお会計を済ませマスターに「また来ます」とだけ言って店の外に出る。

 

思わず走りだしそうになる足を押さえつけて、少しぎこちない歩き方で家まで帰ってきた私の明日の予定はもう決まっていた。