君のいた町
「○○で合ってる?私のこと覚えてる??」
ほとんど使っていなかったSNSのダイレクトメッセージに突然そんなメッセージが飛び込んできた。
差出人のアイコンを見ればどうやら相手は女性らしい。平仮名が並んだアカウント名は彼女の下の名前なのだろう。怪しいDMだろうかという疑念が頭をよぎるが、あまりにも生活感というか本物感というか、とにかく怪しい人ではないのだろうと判断していた。
頭の中の知り合い一覧にサーチをかける。このサーチ機能、なかなかの精度のものだ。特に女性に関しては。女性の知り合いが少ないから総当たりでサーチをかけてもすぐ終わるんだろ?なんて言ってはいけない。真実は時に人を傷つけるのだ。
ヒット件数、1件。
小学校以降の知り合いの女性の中でその名前の持ち主は一人だけ。小学校の同級生、それも最後の年に一度同じクラスになっただけの女子だ。別に嘘を付く必要もないので適当に返信をしてささっとLINEの交換だけ済ませた。
なんというかものすごい時代の流れを感じずにはいられない。僕らが毎日のように顔を合わせていた小学生のころにLINEなんてものはなかった。もちろんスマホもなかったし、SNSなんてものもそれほど普及していなかった。コミュニケーションの基本は実際に会ったときの会話か、携帯でメールを送る程度のものだった。とはいえ小学校に携帯を持っていったりしていたわけではないので、連絡先を知っているのなんてよく一緒に遊んでいたやつらくらいなもんだ。
僕と彼女は当時一緒に遊んだりするような仲ではなかった。当然メアドも知らなかった。彼女に関して知っていることといったらなんだろう。同じクラスになるまでは一切かかわりがなかった気がする。名前を知っていた程度だ。向こうが僕のことを知っていたのかは知らないけれど。そうだ、彼女は結構勉強ができた。僕と彼女とそれから僕の幼馴染が同じクラスで、いつもテストを誰が早く解き終えるかを競っていた。そんな記憶がよみがえってきた。僕が先に提出しに行くとき、彼女の方をチラリとみるととてつもなく悔しそうな顔をしていたことも思い出された。懐かしい記憶に少し胸が温まる。彼女は眼鏡をかけていたな。その印象が強かったのだろうか。クラスの中でもそれほど目立つ人ではなかった。
まあいい。
LINEで昔の話をするなかで、近いうちにどっかで会わないかと持ち掛けられた。断る理由もない。ということでokして日時だけ決めてその日は終わった。
その後も何度かメッセージを送り合ったのかもしれないが、それほど重要なことはなかったように思われる。頭の中の会話履歴にもこれといったものはない。
待ち合わせ場所は僕らが育った町の駅の改札にある時計の下。まだ寒さの残る季節だったが相手を待たせるわけにはいかないので約束より早く駅に着いた。相手はまだ来ていなさそうだ、よかった。前に会ったのは卒業式の日だろうか。何年振りだ?6年?いや7年かもしれない。それだけの時間があれば見た目も中身も変わっているかもしれない。前と同じように話せるものだろうか。僕の中にある彼女のイメージは大昔のまま止まっている。彼女のことを思い出すには頭の中の時計を何回転もさせる必要があった。
一人で脳内タイムトラベルをしているとスマホに通知が来た。
「駅ついたけどもういる?」
待ち合わせ場所は間違えていない。時計の下にいるこんな格好の人が俺だよと返信。まるで初めて会うみたいだ。毎日のように顔を合わせていたはずなのに、ぱっと見で判断が付かないほどの変化をもたらすのだ、6,7年という年月は。
待ち合わせ場所にいる人が動いてしまっては余計合流できなくなるだろうということで僕はその場で相手を待つ。
「○○であってますか?」
ああ、最初のメッセージと同じ言葉だ…なんて考えを隅に追いやって返事をする。声はあまり変わっていない気がする。
振り返ったところにいた女性は想像とはまるで別人だった。僕の知っている彼女は眼鏡をかけていて少し地味な印象だったのだが、とんでもない。まず眼鏡をしていないし、服もお洒落だ。とても綺麗になっていた。いや、もしかしたらもとからそうだったのかもしれないな。新しい発見をしたようで少し嬉しいし、久しぶりの再会ももちろん嬉しかった。同窓会で久しぶりに会ったら印象が変わっていてドキリとするという話があるが、それと同じようなものだったのかもしれない。
「ごめんちょっと遅れちゃった。」
「いやいや大丈夫」
実は合流するまでにもう少しだけやり取りをしていた。彼女は割と駅の近くに住んでいた。少なくとも当時は。「そろそろ出発する!」というメッセージも来ていたが、その連絡から到着するまでには予想以上の時間がかかっていた。
「引っ越したりしたの?」
「うん、中学の頃にね」
なるほど、家が少し駅から離れたのかもしれない。
「数駅離れたところに引っ越したの」
そうか、彼女はもうこの町にいないのだ。
「○○の見た目が全然違ってるから見つけられなかったよ。背も高くなってるし、顔も全然違うじゃん」
歩いている最中にそんなことを言われた。ああ、彼女にとっての僕ももうこの町にはいなくなっていたのかもしれないな。
誰だって時間が経てば誰だって多少なりとも変化する。見た目も中身も。
僕らが記憶の中で共有していた「この町」は今僕らが見ているこの町とは違うんだ。
時間は過去と今、そして未来にかけて繋がっていると思っていた。それは間違ってはいないのだろう。しかし、「思い出」とか「記憶」という形になった途端にそれは今とは切り離されたものになるのかもしれないな。そんなことを想わずにはいられなかった。