記憶

思考の掃きだめ、雑記

助け

よく「どうやったら自分を赦せるの?」みたいなことを言っている人を見かける気がする。

 彼らは罪を犯したのか?そういう人もゼロではないだろう。でも気になるのは何も悪いことをしていないのに「自分を赦さないと」って思ってる人の存在だ。

 

自分のどういうところに「悪さ」を感じているのだろうか

 

周りの人みたいに頑張れないことか、周りの人より勉強や運動が苦手なことか、見た目で劣等感を感じる人もいるだろう。これらは他人との比較によって感じる「悪さ」だろう。

 

もちろん過去の自分や自分の理想像との乖離からこういう「悪さ」を感じることもある。

 

この手の考え方に嵌ってしまうと抜け出すのは至難の業だ。周りの人と比べれば程度は軽いかもしれないが、自分でもたまに「なんでこんな風になっちゃったんだろうなぁ」って感じることはある。

 

こういう自己嫌悪は周りから見ると非常にばかばかしいものに見えたり、理解不能なものに思えることが多いように感じる。だが本人にとっては大きな壁になっているのだ。

 

 

 

 

想像力の話をしよう。想像というとどういうことだと思うだろうか。小さいころに「早く大人になって勉強しなくていいようになりたい」って思って将来に思いを馳せた人もいるかもしれない。それは想像だ。「もしお金持ちだったら何をしようか?」っていうのも想像だ。想像というのは何かしらの状態、場面、物などのように「ふわふわした存在を思い描く」こととして見られるのが一般的なのではないだろうか。

 

他人の気持ちを考えるって行為も想像力に支えられているものだ。なかなか理解できない曖昧な感情に対するイメージを膨らませる行為なのだから。この点において、想像力は非常に大事だといえそうだ。相手のことを思いやることなしに良好な人間関係を構築することはできないと思う。いまだに私はここをうまくやれていない。親しい人を傷つけたいわけでもないのに傷つけてしまうこともある。本当に情けない。想像力ってどうやって伸ばせばいいんだろうか、、、

 

まあ自分のことはがっつり棚に上げて、話を戻そう。自己嫌悪の話だった。誰にでも負の感情のスパイラルに陥ったことはあると思う。負の感情を抱くと冷静に考えられなくなってより一層深刻な負の感情に陥ってしまうことは少なくないだろう。ここでせっせと仕事をしているのが「想像力」なのではないか。

 

負の感情が生じるきっかけはいろいろある。何か嫌なことがあったというのが一番多いかもしれない。お腹が空いているってだけでもイライラすることはあるだろう。不機嫌のきっかけは本当に些細なものであることも多いのだ。(もちろん本当に手に負えないような理由で負の感情が生じることもある)(以下では本当に些細な原因から生まれる不機嫌について話そうと思う)

 

そんな些細な原因から負の感情のスパイラルに嵌っていくのを助長しているのが想像力かもしれない。自分の感情に対する想像力というとなんだかイメージしにくいのではないだろうか。これこそが一番の問題。他人の気持ちを想像したり、ありもしない過去をイメージしたり、理想とする未来を想像したりするとき、そこには自分の意志がある。想像しようと思って想像していることが多いし、頭に浮かぶイメージは今の自分とは切り離されたところにあるものだと感じるのではないか。自分の今の感情に対する想像力は無意識のうちに働き始める。無意識のうちにイメージを突き付けられるため、今の自分の感情と切り離して捉えることが難しいのだ。

 

以前使っていたTwitterのアカウントでも呟いたことがあるが、私はこれを「自分の中にいる見えない敵」だととらえている。周りの人からは見えない。でも自分の中には確かに存在する。そしてその敵と戦って疲れてしまうことも多い。周りの人が親身になってくれても、「私の悩みなんてわからないでしょ!」って感じてしまうのも仕方のないことだ。自分の中になる見えない敵を周りの人が一緒に見つけてくれるなんてありえない話だと自分が一番わかっているからだ。

 

結局最後は自分の話なのだ。

 

自分を本当の意味で助けられるのは自分なのだ。

 

冒頭で出した「自分を赦す」というのはこのファーストステップなのだろうか。何も悪いことをしていないのに、周りの人と比べて劣等感を感じて自らを「悪」と捉え、「赦す」という言葉を使うのはあまり好きではない。ここでは同じ意味で「自分を受け入れる」という言い方をすることにしよう。言葉の持つ力はとても強い。赦すという言葉を使うだけで自分が本当に悪い人間であると錯覚してしまう。これも想像力の暴力だ。

 

人と比べるのをやめろというのは簡単だけど、実際にそれをやるのは結構難しい。自分を受け入れろというのは簡単だけど、本当に受け入れるのは意外と難しい。自分を赦せなくてもいい。自分を受け入れられなくてもいい。

 

私からのお願いはただ一つ。自分の感情に対する無意識のうちの想像力の暴走に気を付けてってことだ。

 

それだけで自分を助ける第一歩になると私は信じよう。

 

 

 

 

フランス語の文法を勉強するときにお世話になっていたサイトに、ことわざについての話があることにようやく気が付いたのです。

proverbes.kitakama-france.com

 

そこにあった

Aide-toi, le ciel t'aidera.「自らを助けなさい、そうすれば天が君を助けるだろう」

という言葉に惹かれて書いた記事でした。

 

試験勉強もせずになにをしているんですかね?

自分を助けるどころか地獄に突き落とそうとしてるも同然ではないですか

 

ということで、また