人波と二人乗り

絵空に見ていた儚い夢だ

川添近代思想史

先日の成績発表で爆死を遂げた私ですが、去年取っていた近代思想史の授業をサークルの後輩が落としていたので、今更ながら去年の前期作っていた予想問題を載せていきます

来年取る人がいれば参考にしてください(クオリティは保証しません)(近代思想史は前期後期両方Sだったということだけ…)

 簡単に試験の仕組みを説明します

小論述一題、大論述一題です。それぞれにつき、二問ずつ与えられており、ひとつずつ選んで回答する形式でした。今後は知りません

 

問1. イエスの起こした様々な奇跡がどのような意義を持っていたか

  1. エスの起こした奇跡の多くは病気の癒しや悪霊払いなどであり、当時は医者が担っていた分野であった。医者がそれらを有料かつ、診療所などの限られた場所でしか行っていなかったのに対し、イエスはさすらいの中で偶然出会った人を無料で治療した。さらに、この活動は安息日にも行われていた。当時、病人たちは被差別者としての側面も有していたため、イエスの奇跡による治療は社会とのつながりを再びもたらすものでもあった。これらから考えて、イエスは、荒野の中で修行などに勤しんでいたヨハネとは対照的に、民衆のなかにある存在であったといえる。

 

問2. ユダヤ人の排他的救済を掲げていたユダヤ教徒対照的に、イエスが掲げた「新たな神の民」の創設はどのような意義をもつか(当時の支配者も考慮せよ)

  1. 当時イスラエルの地はローマの支配下に置かれていた。その状況下で、神が、イエスこそが支配者であると明言することは皇帝礼拝を義務としていたローマに対する反逆であるといえる。それだけに、「新たな神の民」の創設は、神による救済はユダヤ人に限った話ではなく、異邦人にも及ぶものであるというビジョンを明確化するものであった。

 

問3. ヨハネの黙示録の意義をこたえよ(文中で用いられている比喩を踏まえよ)

  1. ヨハネの黙示録の最大の意義は権力批判である。時代背景としては、ローマの大火以降の対キリスト教徒迫害や皇帝礼拝の強制などで、ローマ帝国に対する不満が高まっていたことが挙げられる。当時ローマは地中海を支配しており、文中ではローマは「7つの頭」とたとえられ、「龍」と手を組んでいるとされた。すなわちローマが強大な権力を保持し、凶悪な支配を行っていたということである。市民を苦しめていたのはローマの公権力だけではなく、海上交易で葡萄酒・オリーブオイルなどの生活必需品の価格を釣り上げていた商人も公権力と結託することで利益を上げていた。主たる内容はこれらに対する批判である。黙示録の中では、最終的に神がローマに勝利するとされており、悪事を行う支配者に対して制裁を加える神としての側面を描いている。さらに、ここでは少数民族や少数言語話者もであっても神の救済を得られるとされていることも重要であるといえよう。

 

問4. ユダヤ教キリスト教それぞれの神のとらえ方を簡潔に述べよ

  1. ユダヤ教では造物主としての神のみを認めているのに対し、キリスト教は造物主としての神を認めると同時に、贖い主としての神も認めている。

 

 

 

 

問5. 創世記の「エデンの園追放」で記されている原罪とはどのようなものか、文中の記述にも触れてこたえよ

A.第一に、ここでいう「死」とは生物的なものではなく、人格的なものである。蛇のセリフのように「神のように善悪を知る」ことを目指したといえるアダムと女は、神なしでもいきていくことができる絶対者になろうとした罪を負った。その後神は二人に居場所を問うが、これは二人と神の関係性について問うているのであり、その間隠れ続けている二人の態度は神と向き合おうとしないことを表している。さらにふたりがお互いに責任を擦り付け合おうする行動は、二人が神だけでなく人間とも向き合おうとしていないことを表している。全人類はアダムとエヴァを起源とするとされているため、全人類はこれらの原罪を追っているとされる。

 

問6. ニケーア信条でポンティオ=ピラトの名が出るが、彼の名をわざわざ上げたことの意義をこたえよ

  1. ピラトは政治権力者であり、その彼がイエスを裁いたのちに神によって裁かれていることから、最終的に神の力が政治を支配することを示している。また、ピラトが民衆の意見に流され、神に背を向けてイエスを裁いたことから、人間の弱さの象徴として扱われている。

 

問7. ルター派、諸セクトカルヴァン派それぞれにとって、教会とはどのようなものであったか

  1. ルター派にとって教会とは、自分の属する君主が定めたものであった。しかしながら、彼らにとって重要なのは教会における儀式よりも信仰そのものであったため、教会はそれほど重要ではなかった。諸セクトにとっての教会は、純粋な信仰を通じた仲間意識養成の場であった。そのため、制度による強制は邪魔なものとされるようになり、次第に制度は形骸化した。カルヴァン派にとっての教会は自発的・独立的な結社であり、君主に対抗し生き残るために、厳しい制度を設けることもあった。

 

問8. アメリカに渡ったピューリタンたちが「丘の上の町」としてとらえたものと、それによる影響を述べよ

  1. ここでいう「丘の上の町」は模範的共同体を示すもので、以後アメリカ人の自己イメージの基礎となった。第一に、アメリカの大地を神から与えられた「約束の地」であるととらえることで選民思想が発生し、先住民族であるインディアンへの差別、およびのちの黒人差別の原因となった。その一方で、「模範的」であろうとしたことから、明確な自己規律が生じ、教育熱心になる傾向があったため、識字率の急激な向上につながった。

 

 

 

問9 アメリカにおいて政教協力制がとられた主要な理由を二つ挙げよ

  1. 一つ目は正しい宗教社会の建設のためである。二つ目は、本国から信用を得て特許状を得る必要があったため、過激な人々を抑え、イギリス本国への忠誠を示す必要があったことが挙げられる。

 

 

本当は友人が作った問題がまだあるんですけど、PCのLINEでさかのぼれなくなってたのでこれだけにします

 

参考になれば幸いです